日々進化していくled 照明
しかし、自分を仕事から切り離すのは、人生の他の別離と同じくらい、難しいことである。
ワーカホリックと呼ばれる人は、極端に長時間働く人ではなく、仕事を終わらせることができない人だ。
そして、仕事を終わらせることができないと、当然、退職後の人生を楽しむこともできない。
宗教の偉大な発明は、こうした時間の連続性を断ち切り、ある特定の日を聖なる日として他と区別したことだ。
それがつまり、休日である。
聖書の中で「聖」という言葉が最初に使われているのは、天地創造の7日目についての記述である。
そして、十戒の中で唯一「聖」という言葉が使われているのは、安息日を定めるところだ。
「安息日を心にとどめ、これを聖別せよ」と聖書は説く。
つまり、安息日である余暇と働いてきたというのに、その生活を台無しにしてしまうのである。
逆説的に聞こえるかもしれないが、創造的な仕事のほうが、終わらせるのは簡単なのだ。
画家が絵を仕上げたとき、大工が建設を終えたとき、作家が本を書き上げたとき、作曲家が曲を完成させたとき、彼らは一様に、自分の作品から「奇妙な距離感」を感じるという。
創造している問は大いに創造力を使うが、しかしそれが終わると、仕事は「すでに創造されたもの」に姿を変える。
それ自体が、ひとつの作品として独立するのだ。
ゴールに到達し、目的が満たされたときに、仕事は終わるのである。
よくいわれているように、失業状態の最悪な点は休みがないことだ。
そして、つまらない仕事をしていたら、週末も楽しめない。
つまり、仕事で創造性を発揮するほど、余暇も素晴らしいものになるのである。
神は、天地を創造するというこのうえなくクリエイティブな一週間をすごしたからこそ、仕事を終えた安息日も、究極の余暇になったのである。
これは、奴隷には休みはあるが余暇はないということの説明にもなっている。
奴隷たちは、仕事を始めるのも終わりにするのも、自分で決めることができない。
奴隷労働は、自分で選択したものではないために、余暇とのつながりが消えてしまっているのである。
自立した仕事と余暇の問につながりがあることは、聖書からもはっきりと読みとれる。
聖書は、安息日を守らなければならない理由を二つ述べている。
ひとつは、神のまねをすることだ。
神は6日の間創造し、そして創造をやめた。
だから、人間もそうすべきである。
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